今の野菜と昔の野菜の違いは?有機野菜でも健康に良くないの?

「野菜嫌い」といえば子供の代名詞というくらい、子供が野菜を嫌いなのが当たりまえという考え方が一般的になっています。
人間が昔から食べて続けてきたものですから、嫌いということ自体が本当はおかしな話です。本当は子供は野菜が好きなはずなのです。

先祖代々から食べてきたことは、DNA が記憶しています。食べたくない、美味しくないという現象は、冷静になって考えてみれば、本当は異常なことなのだと気づくはずです。
そのことに誰も気づかないまま、学校の先生も、栄養士さんも、決まり文句のように「野菜も残さずたべましょうね」と言い続けています。

今の野菜と昔の野菜

今、スーパーに行けば、ひと昔前とは違い、何でも野菜が揃っています。
なす、ピーマン、トマト、カボチャ、ネギ・・・・
どれも、キレイで、虫のかじった野菜は見かけなくなりました。

最近では、安全性を求める消費者が増えてきたことから、「安心・安全」を売りにした農産も出回っていますが、それでも今の野菜は、農薬、化学肥料(有機肥料)、除草剤などが大量使われているものが多く出回っています。

「減農薬栽培」という表示も多く見かけますが、これは言葉のからくりで、その表示からは一見「安心感」に似たものが伝わってくるかもしれませんが、一概にそうとは言えません。。
キャベツの産地などでは、キャベツに1シーズンあたり30回以上農薬を散布するそうですが、それを20回に減らしたところで、果たして「安全」と言えるでしょうか。

農薬以外にも多くの薬剤が実は、野菜にかけられている薬剤は農薬だけではありません。
キャベツなどであれば、害虫からキャベツを守るためのコーティング材(ワックスのようなもの)、イチゴであればより赤い色を出すための発色剤、枝を伸ばすホルモン剤・・・

無登録農薬の使用が問題になったとき、登録農薬がまるで安全であるかのようなアピールを農家や関連団体が行っていた時期がありました。
農薬はあくまで農薬です。登録してあるなしにかかわらず、毒物であることには変わりありません。飲めば死ぬ猛毒です。それを死なない程度に薄めて使用してあるわけですが、それが毎日毎日、口へ入って、血となり肉となって蓄積していくわけですから、長いスパンで見れば、決して無視できる問題ではありません。

昔の野菜

昔の野菜は美味しかった、という話をよく耳にします。栄養分析における数値でも相当な違いが出ています。

昔の野菜に比べると今の野菜はまずく、栄養価も低いということがはっきりしています。
例えば大根ですが、1963年、今から50年以上前になりますが、その頃の大根は、栄養素を分析した結果、現在の大根の8倍の栄養価がありました。

つまり、今の人たちは、大根1本分の栄養を取るためには、大根8本を食べなければならないということなのです。
次の表は、文部科学省が調査している「日本食品標準成分表」の初版(1950 年)と5訂増補(2005 年)を比較したものです。

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代表的な野菜である、にんじん、きゃべつ、ほうれんそうでの栄養素を比較ですが、栄養素の激減が一目瞭然だと思います。

これらの数字を見たとき、日本人は栄養の豊かさを失っているだけでなく、このことにより「心の豊かさ」をも失っているような気がしてなりません。

野菜のエネルギー

人間にも「気」とか「オーラ」というものがあるように、野菜からも「気」のようなものが出ていると言われます。
長年農薬・化学肥料を使わない農業に取り組んでいる、あるベテランの農家は、
「野菜の霊気は朝、日が昇る前が一番高い」
と言います。(霊気=生命エネルギーのようなもの)

朝の時間というのは、仕事をやる上でも、勉強する上でも、よい時間帯だと言われるのは、それに通じるものがあるのだと思います。

有機野菜でも危険?

有機野菜(有機農産物)は通常2年以上、化学農薬(一部は認可)ならびに化学肥料を使用せず栽培した農作物をいいます。
危険な農薬を使用していない、化学肥料を使用せず、家畜の糞などを堆肥(厩肥)として栽培している、ということから「安全」だというイメージが定着していますし、が一般的な印象ではないでしょうか。また、その点では安全性は従来のものより高いと言えると思います。

ただひとつ懸念されている点があります。
それは、農作物中に蓄積している「硝酸態窒素」と呼ばれるものです。言われています。

農作物が生育する上で必要な養分の代表的なものは「窒素」です。
窒素は根から吸収されますが、単に窒素といっても、土の中では、様々な形態があります。
植物が根から吸収するのは「硝酸態窒素」というものです。

自然界では、植物は生をまっとうした後、土に還ります。これらの植物の残骸は、土中微生物の働きにより、有機態窒素、アンモニア態窒素、硝酸態窒素へと形態を変えていきます。
問題なのは、この硝酸態窒素が過剰な場合、農作物の中に過剰に蓄積されてしまうということです。
これが人体に大変な悪影響を及ぼすのです。

硝酸態窒素は、口へ入ると、まず唾液と反応し、亜硝酸へと変わります。
亜硝酸は体内でアミンと結合、恐ろしい発ガン物質「ニトロソアミン」へと変化します。

従来の農法(化学肥料の使用)でももちろん硝酸態窒素が多く発生していました。有機栽培では厩肥(家畜の糞)を一般的に使用しますが、十分に分解されていない厩肥の場合、アンモニア態窒素を大量に含んでいるため、それが農作物に吸収され、極度の硝酸態窒素過剰状態に陥ります。

有機農業では、有機肥料が遅効性(じわじわゆっくり効くこと)であることから、施肥量が過剰になりやすいと言われています。
また有機肥料(厩肥)では、家畜に投与された抗生物質の残留も問題視されていて、そのことに気づいた意識の高い有機農家は、厩肥を使用しない方向で模索をはじめています。

肥料の概念

肥料とは、人間の欲望が生み出したものといってもいいかもしれません。もっと多く利益をあげたい、もっとを楽したい。そのようなニーズに応えたのが「肥料」とも言えます。

もともと化学肥料は、第二次世界大戦中、ドイツで生まれました。
軍事産業で空気中から窒素をとる技術が開発され、戦後それが余ったために農業で使用した結果、収穫量が上がったため、その後使用されつづけ、現在に至っているというわけです。

肥料はスポーツで例えれば「ドーピング」のようなものだともいえます。ただ現在農業では、それに対する規制がないというだけです。
そして植物にとって、肥料のもつ「中毒性」は「麻薬」に例えられることもあります。

肥料中毒

全くの自然の中では、植物は土中深く根を伸ばしていきますが、化学肥料を与えられた条件下では植物は、まず真っ先にその肥料を吸収します。
そのため、あまり根が伸びないのです。また伸ばす必要もなく、肥料分を吸収できてしまいます。
そして、その根の浅さゆえに、台風などの風害に弱く、倒れやすいという特徴があります。今の稲作(米)は台風が来るとすぐに倒れてしまいます。

また、一度化学肥料の味を覚えた作物は、遺伝子にそれが記憶され、次世代でも最初から肥料があるのが当たり前で、肥料がないと育ちにくい習性を持つようになります。
これはある種「甘え」でもあり、生命力の減退、退化ともいえます。ホームセンターなどに売ってある野菜や花の種は、ほとんど全て、このような中毒症に陥ってしまっているのです。

肥料に依存した植物は、生命力が弱くなります。その「弱さ」ゆえに、害虫にやられやすくなる、病気になりやすくなる、そのため農薬が必要になる。

なんとも悲しい悪循環です。
「肥料」と「農薬」が切っても切れない関係、といわれるのはこのためなのです。切っても切れない関係にあるのです。

最終的に人間に戻ってくる

作物に害虫が発生すると、農薬がまかれます。害虫は死にますが、その中でわずかに生き残った害虫が、農薬に対する抵抗性を身につけて世代交代をします。
すると翌年は、前年より強い農薬をまかなければならないという悪循環に陥ります。本当に悪循環だらけなのです。

野菜だけでなく、栽培する農家も、食べる側も、汚染され、病気になります。
まいた農薬や除草剤は、雨に流され、川を汚染し、海を汚染し、魚介類に蓄積され、そして再び人間に毒物を「集積・濃縮」して返品しにきます。
そのようなサイクルで、私たちの体は汚染され続けているのです。
生きている限り、汚染され続ける仕組みができあがっているのです。

害虫の働き

よく「害虫」といいますが、実はそうではなく、彼らは自然界に発生したエラー(不自然状態)を修正する働きをしていると言われています。
そのエラーとは、さきほどの人為的な肥料による植物の異変(硝酸態窒素の蓄積)などです。それを感じ取り、それぞれの働きをする虫がどこからともなくやってきて、エラーを起こした葉や茎、実などを食するのです。そういう役割をもって自然界に存在しているのです。

彼らの臭覚は大変優れていて、ヨトウ蛾などを捕獲するためにフェロモンでおびき寄せる方法がありますが、遠い場所から小指の先ほどのフェロモン剤のニオイを嗅ぎつけて飛来してきます。

徳島県で「自然農」を実践する沖津さんは、栽培している野菜に付く虫たちは「植物の性(しょう)を正しにくる」と語っています。
本当に自然界には無駄がないと思います。

免疫のはたらき

この害虫(害虫という呼び方自体が変ですが)の働きと、私たちの体内でも起こっていることに共通した点を見出すことができます。
体内に異常(バイ菌の侵入など)が発生すると、免疫群(マクロファージやリンパ球)が、それらのバイ菌と闘って駆除します。

このことと、さきの害虫の話は、「エラーを修正する」という点だけから見た場合、人体内で起きている出来事か、空気中で起きている出来事かの違いだといえないでしょうか。

自然界は、そのようなエラーが大きくならないうちに即座に修正する働きを持っていると見ることもできます。

除草剤の恐怖

「無農薬」の看板を掲げている農家でも、「除草剤」はたいてい使っているものです。除草剤を使うか使わないかでは、作業量に雲泥の相違が出るのです。
草を刈る、取るという作業から解放されるだけで、農作業が半減します。労働が半減した分、他の作業に従事することができます。

その点では、一度除草剤を使った農家は、余程のことがないかぎりまずやめることは難しいと思います。
除草剤は、田畑に撒かれ、雨に流され、川を流れて、海へと流されます。その間いろんなものを汚染します。野菜、土、魚貝類・・・。

肥料依存症からの脱出

さきほどお話したとおり、市販されている種子は全て、肥料に依存する性質を有しています。
その性質を、本来の働きに変えていくには、自然の土で採種を繰り返していく必要があります。それを2、3年繰り返していくことで、種子は本来の力を取り戻してきます。

本来の力とは、植物が根から土の栄養を取り込む力です。
自然の環境で育つ植物は、土の栄養を吸収して育っています。誰も化学肥料を与えていないので、肥料依存症がないため当然のことといえます。

土はミネラルの固まり

「土の栄養」というと、あまりなじみのない概念になるかもしれません。実は「土」こそが、栄養・ミネラルのかたまりだと言われています。

麦飯石、医王石、戸室石などの石は、名水を生み出す石として有名ですが、私はこれらの石を大量に買い入れ、飲み水の浄化に使ったり、お風呂温泉化計画に使ったり、植物に与える水を浄化するのに使ったりしていました。

これらの石から、水にミネラルが溶けだしていきます。飲み水やお風呂に入れることで、水質が変わります。専門知識を持った方から、これらの石が溶けてなくなるまでその効果は続くと教えていただきました。

サイズ別に選別された石は使いやすいですが、無選別のものには、大小さまざまなサイズのものがあって大きい物はピンポン玉くらい、小さい物は大粒の砂程度のものでした。大きい物は使いやすくても、土みたいな小さい粒のものは使い道に困りました。

しかし、その小粒の石をしばらく眺めているうちにあることに気づきました。ミネラルが溶け出してくる、という意味では「土」も同じなのではないか。その「超小粒」の麦飯石や医王石は見かけは土そのもの。粒子が細かいため、ミネラルが溶け出す効率は大きい。
土に水分があれば、そこから常にミネラルが溶け出しているのではないか、と考えました。

名水を生む石と土のミネラル

麦飯石や医王石という有名な天然石は、人間が発見し名付けたものですが、「雑草とはまだ効能が発見されていないハーブである」という言葉と同じように、土も同じなのだと思います。

肥料は土の邪魔をしている

土のもつ無限のミネラル、自然界の植物たちは、それを栄養源にして成長している、そのため、天然の薬草には力があり、人間が栽培(肥料を与えて)した薬草には効果がない、という現象についても説明がつきます。

肥料が撒かれた場合、悲しいことに、植物は土の栄養より、肥料の栄養を優先して吸収しようとします。人間も誘惑に弱いのと同じで、植物も誘惑に弱いのでしょう。

肥料が土の働きの邪魔をしているとも言えます。
「人は易きに流れる」と言いますが、植物も同じことが言えるのかもしれません。

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