なぜオーラを見ることで、超能力が開発できるのか?

オーラを見ることは、じつはノイズを見ることに過ぎないことが分かりました

ではどうして、昔からオーラを見ることができると、その人の守護霊や憑いている悪霊を見ることができると言われたのでしょうか?

あれはすべて「ウソ」だったのでしょうか?

一概に、そうとも言い切れません
なぜなら、人間の視覚情報には厳しいロックが掛かっていて、そう簡単に自由にイメージが作れないことを、説明しました

その厳しいロックをたとえノイズであるにせよ、破ることが「オーラを見る」練習で可能になることが分かったからです

説明したように、「オーラを見る」練習とは潜在意識が管理している「しきい値」に、アクセスする行為です
オーラとはなにか?何か特別な力なの?
つまり「オーラを見る」練習で、潜在意識の強い管理にアクセスして、制御できることを意味しています
これが「オーラを見る」練習の、もっとも優れた点です

すなわち「オーラを見る」練習とは、潜在意識の強い管理下にある「視覚情報」に、顕在意識でアクセスする優れた方法であると考えられます

簡単に言いますと、普段は潜在意識だけが管理している情報を、顕在意識で見ることができることができるのです
しかもこの場合、視覚情報を使っていますから、ビジュアルイメージでその情報が得られることになります

さて「オーラを見る」練習とは、一方で「変性意識になる方法」でもあります
そうすると、「変性意識になること」で他人を変性意識に引きずり込んで、「他人の内部表現」に同調してアクセスできることができます
つまり、他人のオーラを見ることは、自動的に他人の内部表現の情報にアクセスする行為になるのです

そしてこの場合、内部表現の情報は視覚情報で得られることが、他の場合よりも多くなると考えられます
なぜなら、「オーラを見る」練習とは、ビジュアルイメージを鍛える練習だからです

このとき、「内部表現にアクセスされた人」の潜在意識の中に、祖父母のイメージなどがあるとします
そうするとそれを、「オーラを見た」人は、ビジュアルイメージで見ることがあります

その場合に、「オーラを見る」ことで、「守護霊を見ることができる」という暗示を刷り込まれていれば、そのイメージから「守護霊を見た」と思うことが十分考えられます

またその人の記憶のなかに恐怖の記憶と、なにかの幽霊や他人の顔のイメージが得られたとすると、それはその人に憑いている悪霊のイメージだと思われてしまうことが、予想できます

つまりこれが、「オーラを見る」練習で、超能力が得られることの仕組みであると考えられます

「オーラを見る」練習で、「守護霊を見る」ことや「憑いている悪霊」が見えるわけではないことがお分かりいただけると思います
しかし、だから超能力が開発できないと、いうわけではありません

「オーラを見る」練習で、他人の内部表現にアクセスしてそれを、ビジュアルイメージで見るというのは、普通の人からすると十分に超能力的です

じつはこのような能力は、オーラを見ること、つまり眼が作っているノイズを見ることで、ただちに得られるわけではありません
オーラを見ることで、「守護霊を見る」ことや「憑いている悪霊」が見えると言っている人は、私の見たところエキセントリックな人物が多いと感じています

つまり自分の見た(と信じている)ものに対して、非常に誇張して、あるいは想像を付け足して、表現する人が多いのです
そしてそれは、本人にとってはウソではありません
これは一種の自己暗示、自己催眠のようなものですから、本人には「守護霊」や「憑いている悪霊」が本当に見えているのです

なぜなら「オーラを見ている時」は自動的に「変性意識状態」になります
「変性意識状態」とは、催眠状態と同じですから、一種の自己暗示、自己催眠なのです

その時、本人が「オーラを見ている時」に「守護霊」や「憑いている悪霊」を見ることができるという暗示を持っているなら、それはそう見えてしまうのです

さて、「オーラ」を見ることで、超能力が開発できるということを、かなりボロクソに言ってしまいましたが、潜在意識を開発することでできることは未知数です
本当に潜在意識を開発することで、超能力が開発できる可能性があることは、ここで言及しておきます

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